Prinet_-_Kreutzer_Sonata_

↑René François Xavier Prinet 、Sonata Kreutzer

1.ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」に触発されて
2.トルストイが『クロイツェル・ソナタ』を描き、
そのトルストイの小説に触発されて、
3.ヤナーチェクが「クロイツェル・ソナタ」を作曲するという。
しかしクロイツェルは一度もこの曲を演奏してない?という。

ヴァイオリンソナタ第9番 イ長調 作品47は、ベートーヴェンの1803年の作品。ヴァイオリニストのルドルフ・クロイツェルに捧げられたため、『クロイツェル』と呼ばれている。

ロシアの文豪レフ・トルストイによる小説『クロイツェル・ソナタ』は、この曲に触発されて執筆された作品である。嫉妬心にかられ妻を殺してしまった夫の悲劇が描かれている。ヤナーチェクはこの小説に刺激を受けて、弦楽四重奏曲第1番『クロイツェル・ソナタ』を作曲している。 




Gyaoで『クロイツェル・ソナタ 愛と官能の二重奏』が観られたので見てみた。
これはトルストイの『クロイツェル・ソナタ』を現代っぽくアレンジした映画。
 トルストイの『クロイツェル・ソナタ』は8回も映画化されてる。どうやら日本で観られる(日本字幕)のはこの作品だけっぽい。←間違い、1987年作のも日本版あるっぽい。


この映画では物足りなかったので、トルストイの原作も読んでみた。

嫉妬のため妻を殺した男の告白を通して、惨劇の理由を迫真の筆に描き、性問題に対する社会の堕落を痛烈に批判した『クロイツェル・ソナタ』、実在の事件に自身の過去の苦い経験を交えて懺悔の気持をこめて書いた『悪魔』。性的欲望こそ人間生活のさまざまな悪や不幸、悲劇の源であるとして、性に関するきわめてストイックな考えと絶対的な純潔の理想とを披瀝した中編2作。


これがまた、想像していた以上に面白い!!
男の多くは自分の性欲に対して、少なからず罪悪感を抱いたことがあると思う。
なんら恥じる行為をしてないとしてもだ。
なぜに罪悪感を抱くのか?ということはこの本を読めばわかる。

さらにその罪悪感という感情は、自覚することによって、自らを正当化できてしまう。
懺悔をすることで自分を赦すように。これは『ものぐさ精神分析』岸田秀の「自己嫌悪の効用」と全く同じ原理。自らの中に反省する主体と客体が生じる。反省させる主体と反省させられる客体が、一人の人間の中に共存する。反省させる主体=善であり、反省させられる客体=悪である。つまり悪を意識すること自体が善を生じさせてしまう。


こういうことをどんどんこじらせて行くとどうなるか?ということが、
こと小細かに書かれており、そしてその根源にあるのが性欲である、という。
のが『クロイツェル・ソナタ』トルストイ。の自分解釈。

ここで描かれている夫婦の関係は、世の中の夫婦の9割近くが当てはまるのではないかと思う。

なぜに『クロイツェル・ソナタ』なのか?
ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を聞いてもこの物語は出てこない気がする。
でも、物語の中に音楽の効用について書いてある部分がある。
それをトルストイ自身がこの曲から感じたのだろう。





この「クロイツェル・ソナタ」だが、正確には 「トルストイの小説『クロイツェル・ソナタ』を読んで」というのが副題らしい。トルストイは、この小説によって、ベートーヴェン批判を繰り広げ、ヤナーチェクは、その小説を読んで、不倫に陥ったヒロインに同情を寄せてこの曲を作ったという。http://kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber/2005/10/post_aff2.html
このヤナーチェクの同情にさらに同情して、『クロイツェル・ソナタ』で殺された妻の視点から
誰か小説を書いて欲しい。



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